大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和43年(ワ)14594号 判決 1970年8月17日

原告

嶋本正男

外四名

代理人

高橋一郎

柏原行雄

被告

新堀裕子

代理人

宮原守男

大橋堅固

主文

被告は原告嶋本正男に対し金一四七万円および内金一二九万円に対する原告青木てい、同清水菊枝に対しそれぞれ金一五万円および右各金員に対する、原告嶋本輝夫、同嶋本千恵子に対しそれぞれ金七万五〇〇〇円および右各金員に対する、昭和四三年一二月三〇日以降支払い済みに至るまで各年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの、その余を被告の、各負担とする。

この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実《省略》

理由

一、(事故の発生)

請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。

二、(責任原因と被害者の過失)

請求原因第二項は当事者間に争いがない。

そこで被害者の過失について判断する。<証拠>によれば、本件事故現場付近の道路状況は、深谷方面(西北)から鴻巣方面(東南)に通じる車道の幅員一四米、その両側に各五米の歩道のある国道一七号線(中仙道)と幅員七米の歩車道の区別のない道路とが交差しており、国道一七号線には交差点両側に幅三米の横断歩道があるが、信号機の設置はなく、交通整理は行なわれておらず、国道一七号線の自動車の交通量は多く、見透しは良好で、路面は舗装されており平担であること、本件事故の直前、深谷方面へ向う車が途切れた除に、浅見アヤ子が福田ふきと共に南西から北東へ横断を開始したところ、北東から南西へ被害者ますが横断を開始し、折から深谷方面から鴻巣方面へ向う加害車が徐行することなく交差点に進入し、同女に衝突したこと、被害者ますが横断を開始するとき同女の他には北東側には人影はなかつたし、浅見アヤ子・福田ふきの他にも南西から北東へ横断する男性が一人あり、その人は加害車の前を通り抜けたことが認められ、右認定事実に照らし、深谷方面への車がぎつしりつまつており南西側の歩道のことは判らなかつたし、北東側の歩道に被害者の他にもう一人あるいは二人の女の人が佇立していた旨の<証拠>は、俄かに措信できず、他に右認定事実を覆えすに足りる証拠はない。

右事実に照らすと、横断中の歩行者がいるにも拘らず被告は徐行することなく慢然と交差点に進入したこと、その反面被害者ますも、横断歩道とは云え、横断するに際して右方の安全を確認しなかつたことが認められ、両者の過失割合は、被害者一対被告九を以て相当と認める。

三、(損害)

(一)  葬儀費等

(1)  入院治療費 五万五五四五円

原告正男が、被害者ますの入院治療費として右金額の出捐をしたことは当事者間に争いがない。

(2)  葬儀費 二〇万円

原告正男が葬儀費として少くとも三七万四七二〇円の支出をしたことは当事者間に争いがないが、本件事故と相当因果関係のある損害は右のうち二〇万円を以て相当と認める。

(二)  被害者に生じた損害

(1)  被害者ますが死亡によつて喪失した得べかりし利益

<証拠>によれば、被害者ますは明治三四年一月一八日生れであることが認められるから、昭和四二年四月の事故当時は満六六歳であり、厚生省第一二回生命表によれば、満六六歳の女子の平均余命は13.83年であることが認められるが、<証拠>および弁論の全趣旨によれば、被害者ますは、有限会社ます家食堂の渉外・応接・調理部門を担当し、午前七時頃から午後八時ないし一〇時頃まで働いていたこと、同女は高血圧で常日頃小川診療所で治療診察を受けていたことが認められ、同女は年齢、職業、健康状態等に鑑み、本件事に遭遇しなければ、あと四年間は引き続き稼働することができたものと認められる。次に、<証拠>によれば、訴外ますは、原告正男と同一世帯であつたため、生活費の支出は必要ではなく、しかも有限会社ます家食堂より月額一万五〇〇〇円の給与を支給されていたことが認められ、右一万五〇〇〇円は生活費を控除した純収入と認められる。したがつて、四年間の純収入から年五分の割合による中間利息を年毎ホフマン式計算によつて控除すると、

1万5000円×12×3.56437041≒65万1586円

となる。

(2)  原告らの相続

訴外ますに対する原告らの法定相続分が原告正男、同てい、同菊枝において各四分の一、原告輝夫、同千恵子において各八分の一であることは当事者間に争いがない。したがつて、訴外ますの右逸失利益の相続金額は、原告正男、同てい、同菊枝において、それぞれ一六万二八九六円、原告輝夫、同千恵子において、それぞれ八万一四四八円となる。

(三)  過失相殺

以上により、原告正男の財産上の損害は(一)(二)の合計四一万八四四一円、原告てい、同菊枝の財産上の損害はそれぞれ(二)の一六万二八九六円、原告輝夫、同千恵子の財産上の損害はそれぞれ(二)の八万一四四八円であるが、被害者ますの前記過失を斟酌すると、被告に賠償せしめるべき金額は、原告正男について三八万円、原告てい、同菊枝についてそれぞれ一五万円、原告輝夫、同千恵子についてそれぞれ七万五〇〇〇円を以て相当と認める。

(四)  慰藉料

<証拠>によれば、原告正男、訴外ます等の父太郎は大正一〇年に、母るは昭和一三年に死亡し、長女であつた訴外ますは女性ながら独身を通し、原告正男が昭和一六年に結婚する際にも、又原告菊枝が昭和一五年に結婚する際にも、親代わりに面倒を見たこと、原告正男は昭和一四年から一五年までおよび昭和一八年七月から二一年五月までの二度に亘り応召したが、二度目の応召の際には原告正男の妻子の生活の面倒を見たほか、昭和二〇年の戦災で熊谷市鎌倉町所在の原告正男の家屋が焼失した際には同市石原町に家屋を新築して原告正男の留守宅を守り、又原告正男経営の飲食店の中心人物として稼働し、昭和三年には有限会社組織としたが、商号の「ます家食堂」は被害者ますの名にあやかつたものであり、原告正男の家庭に生涯同居して母同様に生活して原告正男の子供達からは、「おばあちやん」と呼称されていたことが認められる。民法七一一条の文言に照らし、単に死者の兄弟姉妹であるというだけでは慰藉料は認め難いが、兄弟姉妹であつても父母、配偶者、子に準ずるような生活関係があつた場合には、例外的に死者の兄弟姉妹にも遺族固有の慰藉料請求を認めるのが妥当である。ところで、<証拠>および弁論の全趣旨によれば、原告ていは昭和一二年に、原告菊枝は昭和一五年にそれぞれ結婚して爾来被害者ますとは別世帯であつたことが認められるから、右原告両名についてはます死亡による慰藉料は認められない。これに対し、前記認定事実によれば、原告正男にとつては訴外ますは母親に準ずる存在であつたことが認められるから、同原告については慰藉料請求権を肯定することができる。そして、本件事故の態容、殊に被害者ますの過失、同人の年齢、家族構成その他諸般の事情を総合勘案し、原告正男の慰藉料は一八〇万円を以て相当と認める。

(五)  損害の填補

原告正男が被告から少くとも八九万円の支払を受けたことは当事者間に争いがないが、それ以上の金額の弁済については立証がない。

(六)  弁護士費用

以上により、原告正男は(三)(四)の合計二一八万円から(五)の八九万円を控除した一二九万円、原告てい、同菊枝はそれぞれ一五万円、原告輝夫、同千恵子はそれぞれ七万五〇〇〇円を被告に対し請求しうるものであるところ、弁論の全趣旨によれば被告はその任意の弁済に応じないので原告らは弁護士たる本件原告訴訟代理人に本訴の提起と追行とを委任し、第二東京弁護士会所定の報酬範囲内で、原告正男が原告らの弁護士費用として一括して、手数料は八万円、成功報酬は勝訴額の一割を支払うことを約したことが認められるが、本件訴訟の経緯その他諸般の事情を総合して、被告に賠償せしめるべき金額は、そのうち一八万円を以て相当と認める。

四、(結論)

よつて、被告は、原告正男に対し一四七万円、原告てい、同菊枝に対しそれぞれ一五万円、原告輝夫、同千恵子に対しそれぞれ七万五〇〇〇円および原告正男の弁護士費用一八万円を除いた右各金員に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明白な昭和四三年一二月三〇日以降支払済みに至るまで民法所定年五分の遅延損害金の支払義務があるから、右の限度で原告らの本訴請求を認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。(篠田省二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例